アーツアンドクラフツ運動とは?

ウィリアムモリスがデザインした美しい植物の模様
いま「ウィリアムモリス 近代デザインの原点」という本を少しずつ読んでいます。ウィリアムモリスは有名なので知っているひとも多いと思いますが、19世紀の詩人・デザイナー・思想家で、「アーツアンドクラフツ」という運動をした人です。この本、ウィリアムモリスにそこまで興味がない、という人はなかなか読み進まなそうな印象を受けたので、なんとなく要点をまとめて何回かに分けて感想もふまえつつブログに書いていこうかと思います。
・すべての人に分かりうる美的環境の形成
・デザインによる生活環境の変革
ちょっと小難しい感じですが・・・・・汗
当時ヨーロッパではイギリスに端を発した産業革命により、さまざまな工業製品が工場のラインにのって大量生産されるようになったそうです。そのせいで質の低い粗悪なデザインの商品が市場に出回ることになり、それを憂いたモリスが、「インテリアや商業製品は美しくあるべきである」と訴え、16世紀ルネサンスの頃の職人の手工芸に立ち返ろう!といったようなことを訴えた運動です。
デザインやアートの普及があまり積極的ではないと感じる現代に通じる時代を生きたウィリアムモリスの生き方からヒントを得たいと思い、個人的にたまにモリスの事を調べたりしています。同じような考え方をもっている人の参考になれば幸いです。
いつ頃の人??

ウィリアムモリス
さて、ウィリアムモリスっていつ頃の人なのでしょうか??
ざっくり19世紀との事ですが、比較対象があるとなんとなくイメージしやすそうなので、同じような時代を生きた芸術家をまとめてみました。けっこう時期かぶってるんですね。このような人達が同じ時代を生きてそれぞれの作品や思想を生み出していたんですね。
ウィリアムモリス(1834-1896)
ゴッホ(1853-1890)
ビアトリクス・ポター(1866-1943)
ピカソ(1881-1973)
プラット・ロジャース・スペンサーさんはカリグラファーなら良く知る、あの「スペンサリアン書体」を開発したひとですね。このひとが1800年生まれ、そこから34年後にウィリアムモリス誕生ということなんですね。そしてその19年後にゴッホが誕生しています。ゴッホとモリスが亡くなったのはほぼ同じ時期、この2人同じ時代を生きていたんですね。ピーターラビットの作者ビアトリクス・ポターも少し後ではありますが同じような時代を生きている感じでしょうか。上に上げた中では一番最後に生まれたのがピカソで、モリスと少し被っていますがモリスが大人の頃にはピカソはまだ少年といった感じですかね。なんかだいたいの時代感が分かったような分からないような感じでもありますが、まあなんとなくそれくらいの時代を生きた人、ということですね。
幼少期

モリスの幼少期 ※写真はイメージです
幼いモリスはふたりの姉と森に遊び、季節の移り変わりを窓辺の小鳥や森の動物たちの声に聴き、広大な農場をロウディング川へと降りていって釣りを楽しんだ。ー「ウィリアム・モリス 近代デザインの原点」より引用
父親が保有する銅山の株価が高騰したことで、モリスは幼い頃から中世領主さながらの生活を送っていたとされています。裕福な家庭に育ったんですね。当時住んでいた館に隣接する森の中で自然の色や匂い、音、テクスチャーへの豊かな感性が磨かれたとされ、また二人の姉と遊び女性的な家庭環境で育ったことで裁縫や装飾への興味も育まれたことが、後の植物柄のインテリア、カーペットなどのデザインを作り出すきっかけとなったようです。
著名なデザイナーやアーティストの生い立ちを見ると、ほとんど裕福な家庭環境に育ち美術を勉強する余裕があったか、もしくは親が芸術家だったかの2パターンに分かれるような気がしなくもないですね。まあ他のパターンもあるかもですが、パッと知る限りはその2パターンが多い印象を受けます。ウィリアムモリスも裕福な家庭環境に育ったため美術への関心が高いということでしょうか。
しかしだからといって過保護に育ったかというとそうでもないようで、
少年モリスは近隣のプリパラトリ・スクールでの寄宿生活を強いられた。(中略)両親と八人の兄弟姉妹が住む家からわずか数百メートル先に寝起きし、週にたった一度、村の聖堂で顔を合わせることができる日曜の礼拝時にも、小さな少年が家族に話しかけることは許されなかったという。ー「ウィリアム・モリス 近代デザインの原点」より引用
私の両親は(中略)いち早く私の教育への責任を放棄しました。私は最初は乳母に、次に馬丁や庭番に、そしてさらに少年飼育場とでも呼ぶべき学校へと引き渡されたのです。(中略)こうしたすべての事から私はひとつのこと-反抗-を学んだのです。ー「ウィリアム・モリス 近代デザインの原点」より引用
モリスは幼い頃から中高一貫制の名門校にはいるため寮生活を送りながら進学教室で学んだみたいです。裕福な環境下でたしかに金銭的には恵まれ教育も十分に受けられているのでしょうが、富裕層には富裕層なりのこうあるべき、という半ば強制的な教育価値観があったのかもしれません。ピータラビットの作者ビアトリクス・ポターも裕福な家庭環境に生まれ、幼少期は他の子供達が通うような学校には通わず、家に家庭教師を呼んで勉強していたそうです。このときに飼っていたウサギや森などで捕まえた爬虫類などを観察して絵をかいていた経験から、あの独特な絵柄が生まれたとされています。当時の貴族階級たちは一般の学校に通ういわゆる集団学習みたいなことはぜず、どちらかというと隔離された環境化で専門的な教育を受けることが多かったみたいです。
まあ普通に考えたらそっちの方がスペシャリストが育ちそうな感じはしますね。でも幼少期は孤独を感じることが多かったかもしれません。
まとめ
そんな環境で幼少期を過ごしたウィリアムモリスは、その後モールバラ校というパブリックスクール(13歳~18歳の子供を教育するイギリスの私立学校の中でもトップの10%を構成するエリート校の名称)を経て、オックスフォード大学に進学します。そこからどのようにして、同じような志しを持った美術仲間と一緒に会社を設立させるのでしょうか?? 本を読み進めてまた続きを書きたいと思います。
参考文献:「ウィリアム・モリス 近代デザインの原点 / 藤田治彦著・鹿島出版会(1996年出版)」









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