
アメリカ独自のビジネスライティング書体、スペンサリアンスクリプトについての考察
アメリカ独自の習字法を確立したP.R.スペンサー

アメリカの独立宣言書や合衆国憲法に最も初期の頃のアメリカの筆記体を見ることができますが、この頃の文字はまだヨーロッパのラウンドハンドの色が濃く出ているような書体と言えそうなイメージです。しかし1840年頃になると上述したスペンサリアン体が誕生し、アメリカ独自の習字が発展する流れが始まります。
プラット・ロジャー・スペンサー(以下 P.R.スペンサー/1800-1864)という熱心な習字教育者がスペンサリアン体を開発した(※1)ことでアメリカ独自の習字法が形成していく流れになっていくようです。この頃からヨーロッパのカリグラフィーとは少し違う、ペンマンシップまたはペンマンという概念が生まれたと考察されます。
スペンサリアン体は文字の装飾性を重視したオーナメンタルペンマンシップや、シェードを簡略化されモノラインで書かれるようになるビジネスライティングなどに枝分かれしていき、より実用的にビジネスシーンで使われる書体へと変化していきます。
※1:スペンサリアン書体の開発については、アルビン・ダントンという書家の方が先にシステムを作っていたという説もあり、名声がスペンサーにあるのは確実ですが詳細は不明とされています。
実用的な筆記体として
スペンサリアンスクリプトはラウンドハンドよりも、さらに速記に特化させた書体といえそうです。ヨーロッパで開発されたラウンドハンドは、使うシーンよっては銅板に掘られ印刷の版としての役割も担っていました。その役割はアメリカ習字ではエングロッサースクリプトが引き継いでいるようですが、ビジネスライディングはより実践的にペンとインクで文字を書く筆記用書体として別の役割を担っています。
指の動きだけではなく腕全体の筋肉運動で書くビジネスライディングは、腕の動きがそのまま文字の形を形成するように設計されています。つまり指の動きだけでただ文字の形をトレースするのではなく、①文字の形を理解する眼と、②その形を実現させる腕の動き、2つの要素が必要になってきます。
これは宗教的要素の強い中世の写本に見られる装飾用文字とは少し違い、より実用的で事務的なビジネスシーンで対応するために発達したと考えられます。

文字の考察
Capital / 大文字




Small Letter / 小文字




ペンで描く装飾絵柄 オフハンドフローリッシュについて

単線のペンワークで表現される絵柄はシンプルでありながら力強く、描くのにはほんの数分しかかかりません。しかし高いレベルで描けるようになるにはある程度の年月がかかると言われているそうです。オフハンドとは「無計画な」「即興の」などの意味で、あまり決めすぎずに自由に書く装飾絵柄を意味していると考えられます。
オフハンドフローリッシュは中世ヨーロッパの写本カリグラフィ装飾には登場しない印象で、印刷機と一緒に発展したポインテッドカリグラフィと共に発展して行った技術と言えそうです。ヨーロッパ時代からあったのか、カリグラフィがアメリカに渡ってから生まれたアメリカンペンマンシップ特有の技術なのか、現段階の自分は分かっていません。


上図はウィリアム.E.デニス(以下デニス)というペンマンのフローリッシュを真似て描いたものです。
どの位置でも楕円を描けるようになるまで練習を積み重ねること、そして腕全体を使った動きが大事のようです。形を表現する想像力と腕や手の完璧なコントロールが美しいフローリッシュを生むとデニスは言っています。
デニスはこのオフハンドフローリッシュについて「これほど練習が必要な芸術作品はないでしょうが、一部の人の目にはこれほど実用性に欠けるものはないと映るようです」と自身のテキストに記載しています。
20世紀初頭はアメリカンペンマンの黄金期と言われていて書家たちの仕事の需要もある程度高かったようですが、彼らペンマンに賃金を払う側の目線ではこのような芸術表現にあまり興味を持てなかったのでしょうか。
タイプライターと双璧をなすパーマーメソッド


ポインテッドカリグラフィはタイプライターの登場とともに衰退していったようなイメージもありますが、タイプライターが普及しても、しばらくはビジネスシーンで使われていたそうです。
スペンサリアンメソッドにとって変わったと言われているのがオースティン・ノーマン・パーマーが開発したと言われる「パーマーメソッド」です。スペンサリアンスクリプトよりもより簡素化された文字は、より早く書くことを可能にしています。これによってビジネスライティングはタイプライターに対抗しうるほど速く、そして正確に文字を書けるように進化していったと言われています。

パーマーメソソッドのテキストにはたくさんのストロークが掲載されていて、さまざまなカリグラフィ書体のテキストの中で最多なのではないかと個人的には感じます。なぜこのようなたくさんのストローク練習が掲載されているのかと言えば、パーマーメソッドが腕の動きで文字を書くペンマン独特の筆記スタイルをさらに促進していったからだと考えられます。
実際に自分でビジネスライティングを書いてみた感想として、腕全体で文字を書くスタイルを習得するには多くの練習と一定の時間が必要だと感じました。それに準じてストローク練習の数も多いのだと考えられます。
ステノグラフィー/stenography(速記法)
カリグラフィーから派生したかどうかは不明ですが、ビジネスライティングとは別に、速記法ステノグラフィーが存在しています。グレッグ式速記文字はジョン・ロバート・グレッグ/John Robert Greggという人が開発したらしく、そのグレッグシステムの教育を十分に受けた教員を大学が募集するという広告が当時のカリグラフィのテキストに掲載されています。
***加筆途中***