西洋紋章の歴史・なんで盾の形をしているの?
西洋紋章の歴史・なんで盾の形をしているの?

紋章ってどういう経緯で生まれたんでしょうか?紋章にも長い歴史があって盾の形をしているのにも理由があるみたいですね。

そんな紋章の歴史についてざっくりとまとめてみました。それではいってみましょう。

紋章ってどうやって生まれたの?

戦場で生まれた紋章

紋章はヨーロッパの戦場から生まれた

紋章はヨーロッパの戦場から生まれた

紋章はヨーロッパの戦場から生まれたと言われています。

騎士たちは相手の攻撃から自分の身を守るために鎧を着ていますが、鎧って顔まで覆っていてパッと見、誰だか分からないみたいな感じだったらしいんですね。

  • 鎧を着てると敵味方の区別がつかない
  • 敵味方誰だかよくわからない

    敵味方誰だかよくわからない

    そうすると敵と味方の区別がつかなくなって、誰を攻撃して良いのか分からなく
    なってしまうので、そういった時にパッと見て分かるように図案やマークを鎧や盾に描き出したのが紋章の始まりって言われています。

    盾や旗などに紋章を掲げる騎士

    盾や旗などに紋章を掲げる騎士

    共通のマークを描いておけば、わかりやすいですからね。そうやって紋章はヨーロッパ中に広がっていったみたいです。

  • 紋章はヨーロッパ中に広がっていった
  • 紋章は盾の形をしていることが多い

    紋章は盾の形をしていることが多い

    紋章って元々戦場から生まれていたんですね。だから盾の形をしているということですね。

    実際にはトーナメント(試合)で使われることがほとんど

    騎士の騎乗試合

    騎士の騎乗試合

    上で紋章は戦場で生まれたと言いましたが、実際には戦争が頻繁にあったというわけではなく、実際に紋章が使われたのは、騎士たちによる模擬戦だったみたいです。

    王様が自分の権威性を強めるために騎士たちに試合を行わせるイベントを行っていたそうですね。騎士たちにとっては試合に勝つことで賞金や商品をもらえたり、栄誉のためや権力者に仕えるなどの仕事獲得にも繋がったことからメリットがあったみたいです。

    大衆にとっても娯楽イベントだった騎士のトーナメント

    大衆にとっても娯楽イベントだった騎士のトーナメント

    観戦する大衆にとっては娯楽イベントのようなもので、色々な人にとってそれぞれのメリットがあって昔は良く開催されていたようです。人気だったようですね。

    戦場以外にも普及していく紋章

    戦場で生まれた紋章はその後、王侯貴族たちも使い出してヨーロッパ全体に広がっていきます。いろんな所で使われだしたんですね。

    貴族の権威の象徴として

    王侯貴族も紋章を使用した

    王侯貴族も紋章を使用した

    紋章が普及する前から貴族たちは印章っていうのを使っていたらしいです。

    印章っていうのは日本で言うところのハンコみたいなものですね。ヨーロッパでいうと手紙の封に蝋をたらしてから押すシーリングスタンプもいわゆる印章です。なにか契約するときの証拠としての機能があるものです。

    次第に貴族たちは印章よりも視覚的に優れた紋章を取り入れていき、全国に広がっていったそうです。

  • 契約の証拠として印章を使う習慣があった貴族は、視覚的シンボルとしてより優れた紋章を取り入れていった。
  • その後、紋章は子孫に代々受け継がれていくようになり、一族のシンボルとして固定化されて行ったのがヨーロッパ紋章の成り立ちと言われています。

    キリスト教と紋章

    キリスト教と紋章

    キリスト教と紋章

    戦場から発展した紋章は、キリスト教の外で生まれたものだとしてキリスト教は最初紋章を受け入れなかったそうですが、十字軍の遠征をきっかけにキリスト教も紋章を受け入れていったそうです。

    聖地エルサレム

    聖地エルサレム

    十字軍って何かっていうと、ある時イスラム教徒が聖地エルサレムという場所を占領したらしいんですね。聖地エルサレムとはイエスキリストが処刑され復活した場所。キリスト教徒にとっては特別な場所です。

    十字軍・イメージ

    十字軍・イメージ

    これをイスラム教徒に占拠されたということはキリスト教徒にとっては見過ごせないことで、これを奪還するために結成された十字軍が紋章を掲げて遠征を繰り返していく過程で、次第にキリスト教徒も紋章を受け入れていった、ということみたいです。

    逆に騎士たちの中にもキリスト教の信仰を深める人たちが増えていったようですね。共通する目的を持ったことで、お互い理解を深めていった感じですかね。

    紋章官の登場

    紋章官(写真はイメージです)

    紋章官(写真はイメージです)

    同じ紋章の使用を防ぐ

    そんなこんなでヨーロッパ中に紋章が広まっていくと、今度はそれを管理する紋章官という人たちが現れてきます。

  • 紋章官とは紋章を管理する仕事をする人たちの事
  • 西洋紋章は日本の家紋とは違って、ひとつとして同じものは存在してはいけない、というルールがあるらしんですね。日本の家紋なんかは同じマークのまま受け継がれて行くことが多いみたいですが、西洋紋章は一族の間で紋章が継承される時でも同じ形ではなく絵柄を分割するなどして、あくまで個人の紋章という形で受け継がれていったそうです。

  • ヨーロッパは個人主義が強いので、西洋紋章は徹底的に同一紋章を規制した
  • 紋章は権威の象徴でもあるので、模倣や盗用などされたら困る、ということで紋章官という人たちが規制を設けていたんですね。

    さまざまな紋章が生まれる

    騎士たちのトーナメントや王侯貴族の権威のシンボルとして定着していった紋章ですが、中でもよく使われていた有名な絵柄の紋章を紹介していきます。

    ワシの紋章

    ワシの紋章

    ワシの紋章

    ワシは神聖ローマ帝国のシンボルです。ローマ帝国って当時はヨーロッパの中でとても強い国だったみたいですね。

    ローマ帝国って、古代ローマ帝国とか神聖ローマ帝国とか色々あるみたいで、時代ごとに「〇〇朝」と別れているらしいんですが、神聖ローマ帝国の初代皇帝だったカール大帝がもともと印章にワシの絵柄を使っていたのが代々受け継がれていく過程で、ワシの紋章が定着していったようです。

    ローマ帝国はヨーロッパの各国でリスペクトされていて、オーストリアやロシア、ドイツなんかの国の紋章はワシのシンボルを踏襲しているようです。

    ライオンの紋章

    ライオンの紋章

    ライオンの紋章

    紋章とよく似た日本の家紋は植物のシンボルが多かったみたいですが、西洋の紋章は強い動物が多く使われたそうです。中でもライオンは国の強さの象徴ということでヨーロッパ中で使われ、特にイギリスで使われたみたいですね。

    現在でもイギリスの国の紋章にはライオンがシンボルとして描かれています。

    百合(ユリ)の紋章

    百合の紋章

    百合の紋章

    百合のシンボルはフランスで使われたみたいです。

    この形って今でもよく見ますね。これが百合のシンボルだと知ってる人も多いのではないでしょうか??

    実はこの百合のシンボルには諸説あって、百合ではなくアイリスという花をモチーフにして作られたのでは?という説もあるみたいで、どちらかというとそっちの方が有力説だそうです。

    聖母マリア

    聖母マリア

    なんでこれが百合の紋章とされているかというと、当時は聖母マリアの信仰が強くて、慈愛と純潔を意味する百合は聖母マリアのシンボルだったから、これを百合紋章として表現したい人が多く百合として定着していったのではないか?と言われています。

    紋章の衰退

    騎士の衰退と共に紋章も衰退した

    騎士の衰退と共に紋章も衰退した

    こうしてヨーロッパ中に広まった紋章ですが、武器の発達によって衰退を迎えていくことになったそうです。

    銃や大砲なんかの武器が戦争で使われるようになると、それまでの馬上で槍を持って戦うような方法が通用しなくなったんですね。

    「騎士」という人たちの需要がなくなっていったのでトーナメントも行われなくなり、それに比例して紋章制度自体が衰退していったようですね。

    まとめ

    というわけで、かけ足で紋章の歴史をまとめてみました。よければご参考に。

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