カリグラフィーの歴史・どうやって現代まで続いたの?
カリグラフィーの歴史・どうやって現代まで続いたの?

まず初めにカリグラフィーの歴史はとても長いらしいです。らしい、というのは自分も含めて誰もその始まりや歴史を実際に見たわけではないということです。

僕は現段階でカリグラフィーの権威というわけでは全くなく、この記事に書かれていることも全て史実に基づき正しいというわけではないと思いますが、僕が今までカリグラフィーの歴史を勉強し得た知識を、個人の見解を踏まえてカリグラフィーを全く知らない、という人にもできるだけわかりやすく書いていこうと思います。

この記事はカリグラフィーに興味がある、でもどういうものなのか良く知らない、知りたい、という人に向けて興味を深めてもらう事を第一の目的として書いてます。この記事にたどり着くということは、少なからずカリグラフィーというものに興味を持っている人だと思いますので、少しでもカリグラフィーについての知識や理解、さらなる興味が増すことになれば幸いです。

それではいってみましょう。

そもそもカリグラフィーって何なの?

カリグラフィーって?

カリグラフィーって?

カリグラフィーって何なの?ということを一言でいうなら西洋書道、ということになります。意味は「美しい文字」もしくは「文字を美しく書く行為そのもの」を指しています。

  • カリグラフィーは「西洋書道」。意味は「美しい文字」。
  • なんで文字を美しく書くようになったんでしょうか??その理由は後述します。

    どうやって始まった?

    さて、カリグラフィーっていつからあるんでしょうか?

    文字って最初は絵柄だったり記号みたいなものだったりしたんだと思います。それがいつからアルファベットとして定着したのか?美しいアルファベットを書く、というのがカリグラフィーの定義だとしたら、どこからをカリグラフィーって呼ぶのか?

    はっきりとしたことはわからないですが、現代で確認されている最も古いとされているカリグラフィー書体が以下です。

    ローマンキャピタル体

    戦争の勝利を祝う石碑の文字 / トラヤヌス石碑

    戦争の勝利を祝う石碑の文字 / トラヤヌス石碑

    ローマンキャピタル体はカリグラフィーの歴史で1番最初の書体って言われていてます。この書体からいろんな書体に枝分かれしていったんですね。全てのカリグラフィー書体のお父さん(お母さん?)みたいな存在です。

    この石碑は今から約2000年前くらいに作られたってことなので、ゆったらイエス・キリスト生誕とか、そこらへんの時代ってことですね。この頃のアルファベットは大文字しかないみたいです。

  • アルファベットは最初は大文字しかなかった
  • カロリン体

    カール大帝って人が文字を統一するために作らせた / 小文字の誕生

    カール大帝って人が文字を統一するために作らせた / 小文字の誕生

    では小文字っていつから生まれたんでしょうか??

    ローマンキャピタル体から数百年くらい時代が流れてからカロリン体が誕生します。その間にもたくさん書体があったみたいですが、地域によって文字の形がバラバラだったらしいです。それぞれの地域で文化が違うので、文字もそれぞれ違う形で進化してたんですね。

    この時代にカール大帝って人が西ヨーロッパを武力で統一したらしいんですね。そこで文化面でも統一をしよう、ってことで今まで地域によってバラバラだった書体の使用を廃止して、新しい書体を作ってみんなでそれを使おうってことにしたみたいです。

    文字の廃藩置県みたいな感じですかね。

    カロリン体

    カロリン体

    それが上で言ったカロリン体です。この時に今まで大文字しかなかったカリグラフィー書体に小文字が作られた、ということみたいです。カロリン体は逆に小文字のみの書体です。大文字を入れる場合は別の書体と組み合わせて使うことが多いようです。

    このカロリン体は後述するゴシック体、ヒューマニスト体、そしてファウンデーショナル体の元となっていて、カリグラフィーの歴史の中で重要な位置を占める書体といって良さそうです。

    どんな事に使われてたの?

    聖書の作成に使われたカリグラフィー

    聖書の作成に使われたカリグラフィー

    聖書の作成に多く使われていたカリグラフィー

    カリグラフィーってどんな用途で使われていたんでしょうか?? ざっくり結論から言うと、聖書の作成に 多く使われていたそうです。

  • カリグラフィーは聖書の作成に多く使われていた
  • 昔は1ページずつ手書きで作られていた

    昔は1ページずつ手書きで作られていた

    今の時代は印刷って当たり前ですが、印刷機が登場したのは約15世紀くらいって言われてます。それまでは本とか書類を増刷するって時にはすでにある本を見ながら1ページ1ページ手書きで写し書いて作られていたそうですね。そういった手書きで作られた本のことを「写本」と言います。

  • 手書きで写し書いて作られた本を「写本」という
  • で、昔も本と言ったらいろんな種類のものもあったと思うんですが、その頃の本と言ったら、ほぼほぼ聖書だったそうです。これは実際に発見された写本の内容の多くが聖書だったから分かったみたいですね。

  • 昔の写本の内容は聖書が多い
  • 現代の日本ではあんまり聖書って積極的に読むイメージはないですよね?僕もそんなに読みません。

    聖書は人々の心の救いとして需要があった

    聖書は人々の心の救いとして需要があった

    今の日本はなんだかんだで平和だから良いかもですが、昔の時代というのは争いや階級制度が多くあり、生きることが辛いという人が今の時代よりも多くいたんだと思います。そういった人たちにとって聖書というのはとても興味深い書物、また救いを求める対象だったのかもしれません。

    そういった意味で聖書というものは当時需要のある書物で、その本文制作や装飾にカリグラフィーが使われていたということみたいです。

    キリスト教とカリグラフィーの関係

    キリスト教とカリグラフィー

    キリスト教とカリグラフィー

    上で言ったようにカリグラフィーはキリスト教の聖書作成に多く使われていました。キリスト教とカリグラフィーって関係があるみたいですね。

    そしてここにカリグラフィー の美しさの秘密もあるみたいです。順を追ってみていきましょう。

    どんな人たちが聖書を作ってた?

    写字生

    写字生

    カリグラフィーは写字生っていう人たちが主に書いていたそうです。

    どんな感じかと言うと写真みたいなイメージですね。写字生がどんな人かっていうと基本的には修道士。その修道士の人たちの中に写字生を兼務する人たちがいたってことですかね。では修道士ってなんでしょう?

    修道士って?

    日本のお寺にはお坊さんがいますよね。お寺っていうのはお釈迦さまをまつっていて、その教えに従事する人たちがお坊さんです。

    瞑想修行 / 写真はイメージ

    瞑想修行 / 写真はイメージ

    同じようにキリストの教えに従事する生き方をする人たちのことを「修道士」と呼びます。この修道士っていう人たちは昔は1人1人単体で修行してたらしいんですね。で、岩山みたいな所で1人祈ってたり、何日も飲まず食わずでいたりみたいな、けっこう過激な感じで活動してたみたいです。

  • キリストの教えに従事して生きる人が「修道士」
  • 修道院

    修道院

    まあ僕が見たわけではなので実際どうだったかはわかりませんが、とにかくそういう人たちがやがて共同生活をするようになったらしいんです。それが修道院っていう場所です。

  • 修道士が集まって暮らす場所が「修道院」
  • 教会との違いは、教会は一般のキリスト教徒にも開放されている場所って感じですかね。修道院はあくまで修道士たちが暮らす場所みたいなことだと思います。修道院と教会を兼務するような場所もあったかもしれませんね。

    カリグラフィーはなぜ美しい?

    美しいカリグラフィー

    美しいカリグラフィー

    修道院ではキリスト教の教えをもっと世に広めよう!っことでキリスト教の普及活動みたいなこともしていきます。その一環として聖書の作成に力を入れていたわけですね。

    上で言った、なぜ文字を美しく書くのか?ここにその答えがありそうです。

    教えを広めるためには書物作成の必要があったわけですが、ただツラツラと書いていてもあんまり読まれそうなイメージないですよね。宗教ってやっぱりイメージみたいなものも必要で、この教えは良いものですよ!ということを知らしめるために装飾性が高められていったんではないかな?と思います。

  • カリグラフィーが綺麗なのは権威性や説得力を高めるため
  • 日本の怪しげな宗教なんかでも綺麗なツボを見せたりしますよね??キリスト教は怪しい宗教ではないですが、宗教ってなんとなく綺麗なものを見せるのが定石みたいですね。

    土地の所有権を証明するための証書

    土地の所有権を証明するための証書

    カリグラフィーは全てが聖書作成のみに使われていた訳ではなく、土地の権利書みたいな書類にも使われていたみたいですが、どちらにしろこれには効力があります、威厳がありますよ、ということを知らしめるために、初期の頃のカリグラフィーはより美しく、人の心を動かせるように進化していったようです。

    キリスト教の権威性を高めたゴシック体

    ゴシック体

    ゴシック体

    そういった流れの中、キリスト教の写本にはゴシック書体が多く見られるようになっていきます。

    ゴシック体がキリスト教の権威性を高めた、というと本当のところどうなのかちょっと分かりませんが、ゴシック書体の写本ってなんとなくキリスト教の勢力が強まってきた頃のイメージがあります。

    もちろん写本制作だけが活動内容ではないと思いますが、自分たちの教えを「美しい装飾写本」という形で残していったことでキリスト教は広まったとも言われてるそうですね。

    ではこのゴシック書体はどうやって生まれたのかちょっと見ていきます。

    とにかく小さいゴシック体

    紙面を有効的に使えるよう進化したゴシック体

    紙面を有効的に使えるよう進化したゴシック体

    カリグラフィーって羊皮紙という羊の皮から作った紙?に書いていたらしいんですけど、この羊皮紙は作るのも大変手間がかかって値段も高かったらしいんですね。

    で、なるべく紙を節約して1枚の羊皮紙に文字をたくさん書いて!ってことで、あまり文字と文字の間に余白ができないような形に文字が変化していったそうです。そうして生まれたのがゴシック体って言われてるんですよね。これは上で紹介したカロリン体の形が変化して生まれたって言われてます。ずいぶん形変わりましたね・・・・。

  • 文字を詰めて詰めて生まれたゴシック書体
  • とにかく文字が小さい

    とにかく文字が小さい

    写真はゴシック写本の展示に行った時に撮った写真ですが、とにかく文字が小さい・・・・汗 よくこんなサイズで書けますね・・、どんな集中力なんでしょうか??

    とにかく1枚の紙に効率よく文字をたくさん書けるようになったことで、より多くの写本を作ることができるようになったキリスト教はどんどんその勢力を拡大していったみたいです。

    キリスト教の権威性とそれに対する反発

    ヒューマニズム思想の誕生 / 写真はイメージ(ダヴィンチの人体図)

    ヒューマニズム思想の誕生 / 写真はイメージ(ダヴィンチの人体図)

    そういった感じでどんどん勢力を伸ばしていったキリスト教ですが、それに反発する人たちも出てきます。

    キリスト教はやっぱり宗教なので、基本的には禁欲的な生活を強いられることになります。日本のお坊さんなんかと同じイメージですね。

    でも、そういった考えかたに対して疑問を持つ人たちもいたそうです。自分たちは人間なのに、なんで神様を第一に置いて抑圧されたような生き方をしなければならないの?というようなことですね。

    自分たちは神様の奴隷ではない、人間なんだ。もっと人間を第一にした人間らしい暮らしをしよう!という運動が高まってきます。これは宗教ではなくヒューマニズムという思想だそうです。いろんな考え方がありますよね。

  • 神様ではなく人間が大事!と考えるヒューマニズムが生まれる
  • こういったヒューマニズム思想を持つ人たちは、禁欲生活を強いるキリスト教のゴシック体があまり好きではなかったらしくて、自分なりの文字を作ろう!ってことで新しい書体を考え始めます。

    ヒューマニスト体

    それがヒューマニスト体という書体だそうです。この書体もゴシック体と同じようにカロリン体を元にして作られたそうですね。ゴシック体の角ばった形が宗教っぽくて嫌だと言うことで、割とフォーマルで読みやすい形の文字を好んでこのような形に作ったと言われています。

    写本文化の終焉

    ヒューマニスト体は読みやすい形の文字ではありましたが、カロリン体を元に作られているので、文章にするとやっぱり余白が生まれます。ここは文字を詰めて詰めてのゴシック体と同じように、ヒューマニスト体も、もっと文字を詰めて1枚の紙の文字量を増やせない?ってことで形が変化していきます。

  • ヒューマニスト体もさらに文字の形が変化していく
  • どう変わったかというと、文字に傾斜がつき始めます。文字って斜めにしたほうが詰めて書けるみたいですね。また傾斜をつけることで、より早く書けるようにもなります。文字を構成する縦線を全て垂直に下ろすよりも少し斜めにした方が人間の手って書きやすいみたいです。

    イタリック体

    傾斜がついたイタリック体

    傾斜がついたイタリック体

    そうして生まれたのがイタリック体って言われてます。有名な書体ですね〜。イタリック体が生まれるまでけっこうかかってますね・・汗

    イタリック体はその機能性、装飾性から評価されてローマ教皇庁の公式書体に採用されたそうです。ローマ教皇庁ってカトリック教の総本山みたいなところ。で、カトリックっていうのはキリスト教の派閥のひとつみたいなものなので、要はキリスト教ですね。

    キリスト教派のひとつカトリック

    キリスト教派のひとつカトリック

    現代のローマ教皇 / カトリック教会の最高位

    現代のローマ教皇 / カトリック教会の最高位

  • イタリック体は、結局キリスト教で使われた
  • キリスト教に反発して生まれた書体が結局はキリスト教で使われた、ということですね。まあゆってもキリスト教側の方はヒューマニズムを否定していたわけでは無い、ってことなんでしょうか??

    とにかく写本を作るためのカリグラフィー書体は、このイタリック体を最後に徐々に衰退していくことになります。つまりイタリック体が写本カリグラフィーの最終形態と言えそうですね。実際イタリック体で作られた写本は数が少ないと言われてるそうです。

    なんで写本カリグラフィーが衰退したか、というと印刷機が登場したからですね。

    印刷技術と一緒に発展したカリグラフィー

    印刷機の登場

    印刷機の登場

    15世紀に印刷機が誕生したことで、写本カリグラフィーは需要を失っていきます。

    もう1ページ1ページ人の手で写し書かなくても大丈夫になったってことですね。また時代が進んだことで神様に対しての信仰心が強い人ばかりではなくなってきた、というのも理由のひとつにはあるんじゃないかと思います。この頃になると聖書ばっかり作ってるわけではないって事ですかね。

    グーテンベルク博物館

    グーテンベルク博物館

    活字 / もう1ページずつ手で書かなくても良くなった

    活字 / もう1ページずつ手で書かなくても良くなった

    さらに時代が進むとタイプライターも登場

    さらに時代が進むとタイプライターも登場

    でも写本を書くのとは別のカリグラフィーが発展していきます。それがポインテッドペンを使ったビジネスライティング書体です。今でいうところの筆記体ですね。この書体は早く書くことができるため印刷と併用して使われて行くことになります。

  • カリグラフィー はビジネスライティングに使われるようになる
  • 初期の頃の写本カリグラフィー書体は、装飾性や権威性を重視して作られてきましたが、後期のイタリック体くらいになると、書きやすさや読みやすさといった機能性が重視されるようになってきました。ビジネスライティング書体はそこからさらに機能的に進化した書体と言えそうです。

    カッパープレート体

    カッパープレート体

    カッパープレート体

    写本自体は衰退したとはいえ、当時の印刷技師たちは活字を組んで印刷の版を作るときに写本のレイアウトを参考にしていたそうです。写本カリグラファーから文字組みレイアウトのアドバイスを受けていたみたいですね。

    ところで印刷にも色々種類があります。活字を組んで紙にプレスするのは凸版印刷(トッパンいんさつ)という手法ですが、銅板に文字を掘ってインクを流し込んでから紙にプレスする凹版印刷(オウハンいんさつ)というのもあります。

    この凹版印刷をする時に銅板に彫る文字の形はイタリック体を参考にして彫られていたそうですが、幅ペンとビュラン(銅板を掘るための道具)ではそもそもの形が違うため、文字の形も変わってきますね。

    この銅板に彫られた文字を参考にしてペンでも書けるようにしよう!ってことで15、6世紀くらいにイギリスで生まれたのがカッパープレート書体と言われています。

  • 銅板印刷から生まれたカッパープレート書体
  • カッパープレート、そのまま「銅板」の意味ですね〜。カッパープレート書体は別名イングリッシュラウンドハンド書体、略してラウンドハンド書体とも呼ばれます。

    スペンサリアン体

    スペンサリアン書体

    スペンサリアン書体

    カッパープレート体をさらに書きやすく機能的に変化させたのがスペンサリアン書体です。この書体は19世紀頃のアメリカ生まれ。

    写本文化が終わったことでカリグラフィーの文字は権威性が重視されなくなったと言いましたが、アメリカ人にとってイギリス生まれのカッパープレート体はやっぱりどこかトラディッショナルなイメージがあるのか、カッパープレート書体に比べてさらに自由度が高く書ける書体と言えそうです。

    オフハンドフローリッシュ

    オフハンドフローリッシュ

  • アメリカ生まれの割と自由なスペンサリアン書体
  • スペンサリアン書体はカッパープレート書体に比べると皆んなけっこう思い思いに書いてるイメージですね。

    写本カリグラフィーの復活

    活躍するビジネスライティングカリグラフィーに対して写本カリグラフィーは約400年間くらい需要を失っていたそうです。人々から忘れられていたんですね。

    でも、とある事がきっかけで、写本カリグラフィーは19世紀頃に再び陽の目を見ることになります。それがウィリアムモリスが始めた「アーツアンドクラフツ運動」です。

  • アーツアンドクラフツ運動によって写本カリグラフィー は再び陽の目を見る
  • アーツアンドクラフツ運動って?

    アーツアンドクラフツ運動って何なんでしょう??

    17世紀頃から産業革命というものがイギリスで始まります。産業革命はざっくりゆうと生産の機械化です。それまでは商業製品やインテリアは職人の手作業で作られていましたが、工場で作るようになったって事ですね。

    産業革命

    産業革命

    いろんな製品が工場のラインに乗って大量生産されたことで生産性は上がりましたが、職人の手作業で作っていた時よりも商品のクオリティ、いわゆる芸術性や装飾性といった部分が失われていきます。

    そういった状況に警笛を鳴らしたのが、詩人でもあり装飾デザイナーでもあったウィリアムモリスです。教会のステンドグラスや自然のモチーフを取り入れた壁紙のデザインとかで有名な人ですね。

    ウィリアムモリス

    現代デザインの父 / ウィリアムモリス

    現代デザインの父 / ウィリアムモリス

    モリスは「芸術やデザインは庶民のためにある」と主張しています。日々の暮らしの中で使うプロダクトやインテリアが美しいからこそ人々の暮らしが豊かになるということです。

    商品の品質が落ちる大量生産を否定したモリスは、中世の手作業に立ち返ろうという運動を始めます。これが「アーツアンドクラフツ運動」です。

    モリスは壁紙やカーペットなどのインテリア製品を多く手掛けていますが、晩年は書籍の制作に積極的で、カリグラフィーも学んでいます。ローマンキャピタル体やゴシック体を元にしてオリジナルフォントを作り活字にしたりしています。

    モリスが創刊したケルムスコットプレス

    モリスが創刊したケルムスコットプレス

    エドワードジョンストン

    モダンカリグラフィーの生みの親 / エドワードジョンストン

    モダンカリグラフィーの生みの親 / エドワードジョンストン

    アーツアンドクラフツ運動の影響を受けて、衰退していた幅ペンを使って書く写本カリグラフィーの研究を行ったのがエドワードジョンストンです。ジョンストンは昔の写本からカリグラフィーを構成する文字の規則性を見つけ出してオリジナルの書体の開発なんかもしています。

    現代の小文字タイプフェイスの基礎と言われるファウンデーショナル体を作り、難解なカリグラフィーを一般の人にもわかりやすくしました。

    1度は忘れられた写本時代のカリグラフィーが復活して現代でも学べるのは、ションストンの功績が大きいと言われています。

    ファウンデーショナル体

    ファウンデーショナル体

    ファウンデーショナル体

    ファウンデーショナル体は、カロリン体を参考にして作られているそうです。ゴシック体やヒューマニスト体と同じですね。

    この書体はカリグラフィーの文字構成を理解するのに適していると言われているそうで、カリグラフィーをやるならまずファウンデーショナル体からやった方が理解が深まりその後の上達の近道になるというカリグラファーもいるみたいです。

    まとめ

    という訳で、カリグラフィーの歴史まとめでした。

    カリグラフィーって本当に長い道のりを経て現代に届いているんですね。正確な年数は分かりませんが約2000年くらいって感じなんですかね。

    やっぱりカリグラフィーって見ていて単純に美しいって思うんですよね。まさに「美しい文字」という名前をそのまま体感できるものです。現代はIT化やPCの普及がさらに進み、ウィリアムモリスが目指した世界とはさらに逆行する流れでもありますが、個人的にはもっとこういう素晴らしい技術が広まったら良いなあと思ってこういう記事を書いています。

    ちょっと長い文章になりましたが、もし最後まで読んでくれた方がいたら、付き合っていただきありがとうございます。それでは〜。

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